XTC Best Band Ever

XTC is the best band ever. Period.

サラウンド・サウンドの天才スティーブン・ウィルソンの最新インタビュー#2「アップルヴィーナスの多くのトラックが紛失中で5.1化が困難な状況」「O&Lみたいな音を業界ではコカイン・ミックスと呼ぶ。キンキン耳につく音をリミックスで改善出来たのは誇り」「強固なファンベースの悩みは前のアルバム路線を望まれること」

ティーブン・ウィルソンが語る#2 9.3.2021

XTCリミックスについて (かいつまみ和訳)

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#1はこちら👇

xtc-the-best-band-ever.hatenablog.com

 

ファンの大多数は最初に足を踏み入れたアルバムの世界で受けた衝撃や感動を永遠に再体験したいと望む。つまりアルバムは同じで、歌詞を変えて、メロディをいくつか変えて——そんなアルバムをほしがる。強固なファンベースを持つアーチストに内在する悩みです。

 

XTCのサラウンドはずっとやりたかった。APE HOUSEに連絡してアンディを説得するため、自分のスタジオに呼んでXTCの「コンプリケイテッド・ゲーム」と「メイキング・プランズ・フォー・ナイジェル」をサラウンドにしたものを聴かせたんです。「コンプリケイテッド・ゲーム」を聴いたアンディは非常に興奮して”これは全アルバムをやろう!”と宣言してくれた。元々センス良く作られた音楽を突然三次元に変換して聴かせたら誰でも普通は気に入っちゃいますよ。

 

XTCというバンドは一枚のアルバムには、もう一枚違うアルバムを作れるくらいの曲が付随しています。例として、まだテープが見つかっていないのでサラウンドにされてないアルバムに『ママー』がありますが、このアルバムにはボーナストラックやシングルB面集があり、これがまた全部『ママー』に収録された曲と同じくらいに良いんですよ。「デザート・アイランド」、「トイズ」、「ジャンプ」、「ゴールド」どれも素晴らしい。テープを入手したらこれらの曲を全部入れて『ママー』をダブルアルバムにしたい。あるべき姿だからです。それがXTCの素晴らしい所。アルバムだけでなく、ボーナストラックやB面等、XTCの音楽全てがバンドの歴史の各時期に関連しています。アンディの曲は勿論素晴らしいけど、コリンの曲も悪くないですよ。彼の曲はB面に良く入ってる。

 

『ママー』は最初に聴いたXTCのアルバムだったのでお気に入り。XTCは一枚だけ選ぶのは難しいですよね。優れたアルバムが多すぎて。各アルバムが各々独立した世界なんです。とても独特の世界。各アルバムが独自の性格を持っています。僕も自分の音楽キャリアにそのような哲学を取り入れたいです。でも逆にその哲学こそがXTCファンを苛立たせる要因になんですね。好きなバンドにどんどん変貌して成長して欲しいと願うファンは少数派。大多数は前と同じ路線のアルバムを望む。強固な熱烈ファンベースを持つ弊害の1つです。ファンは特定の音楽の世界へ足を踏み入れるんです。例えば、『ドラムス&ワイヤーズ』の世界、『スカイラーキング』の世界、あるいは『オレンジズ・アンド・レモンズ』の世界、そんな素晴らしい音楽の世界へと足を踏み入れるわけです。そして大多数はそこで最初に味わった衝撃や感動を永遠に再体験したいと望むわけです。

 

同じアルバムだけど、歌詞を変えて、いくつかメロディも変えて——そんなアルバムをファンはほしがる。ファンベースを持つアーチストに内在する悩みです。自分も同じ苦労があります。僕のファンも同じものを何度も繰り返して欲しいんです。でも僕はXTC、ザッパ、ケイト・ブッシュニール・ヤングのようなアーチストからインスピレーションをもらっている。彼らは毎回新しいアルバムで “あれはもうやった”、”これももうやった”、”何か全く違うことをやろう!” って。ボウイがそのポスターチャイルドですよね。本当に難しい問題です。変化し続けるのは、あまりにも代償が大きい。XTCは大きな代償を払うはめになりました。商業的な損失。ひとつひとつのアルバムで毎回自分たちを作り変えて行ったから。

 

みんな忘れているけど、ボウイだってそんなにレコードを売っていなんです。同時代のエルトン・ジョンマーク・ボランと比べてボウイは変化を続けたから。XTCも同じ。変化し続けた。そこが好きだったし、僕と同じようなファンもそういうところが好きだったんです。でも商業的に大きな代償を払ったのは事実。

 

大好きな音楽をサラウンドにしています。とても骨の折れる作業なんですが、XTCのサラウンドだって大ヒットするわけではない。でも、熱狂的ファンベースが十分存在するし、新しい世代のオーディオマニアも魅了されています。多分、僕の5.1サラウンドはリリースされると、世界で約5千人が聴くと思っています。自分はそれで十分。そんなファンベースがない場合、5.1にしたところで聴いてくれるのはせいぜい200人程度。200人くらいしか聴いてもらえないのにこんな大変な作業はしたくないです。

 

さっきリミックス作業は危なっかしい綱渡りだって言いましたが、僕だけでなく、関係者一同、”これはサウンド改善が出来るぞ” と意見一致したアルバムもあります。『オレンジズ・アンド・レモンズ』(以降『O&L』)がそれ。僕が手がけたアルバムには元の制作時に何らかの事情で品質上の妥協が見られる作品があるんです。『O&L』は89年の作品。いかにも80年代サウンド。こういうサウンドを業界では"コカイン・ミックス”と呼んでるんです(笑)。決してプロデューサーのポール・フォックスがコカインやってたと言ってるわけじゃない。時々、トレブル(高音)を上げ過ぎて高域がキンキン耳につくアルバムがあるんです。それが コカイン・ミックスなんです。コカインをやると —— 自分はやったことないので分かりませんが —— どうやら何でもかんでもピッカピカに明るくギンギンにエキサイティングなサウンドにしたくなっちゃうようなんです。それでトレブルをどんどん上げちゃう...。”ドラムにもっとトレブル!!”、”ボーカルにもっとトレブル!!”。これがコカイン・ミックス。

 

コカインをやるととにかく何でもいいからスリルが欲しい。それでトレブルをエスカレートさせてしまう。エキサイティングに聞こえるからです。耳障りになるほどエスカレートさせちゃう。コカイン無しだととても耳に痛いサウンド。決して、『O&L』がコカイン・ミックスだとは断定しませんが、聴く度に高音域がなんとなくちょっと不快、ちょっと明る過ぎ、ちょっと甲高いと感じて。アンディもデイブ・グレゴリーも同じ事を言っていました。更に残念ながらCD時代のリマスターがこの問題を悪化させてしまった...。それでリミックスの際にこの高音域を抑えようと思ったんです。楽器のいくつかに中音域のトーンを見つけてみようと。本当はもっと抑えたかったけど、何度も言うようにオリジナルのサウンドがガラッと変わってしまうのを恐れて控えめにやりました。『O&L』のリミックスでみんながXTCから連想するようなトーンと温かいサウンドへと改善させようとしました。

 

(『O&L』の”甲高い”サウンドは80年代の当時の録音技術、録音器に原因があると思うか?という質問に対して)次の事実が無ければ "Yes"と回答したかもしれません。『アップル・ヴィーナス』は素晴らしくオーガニックで温かいサウンドのレコードですが、実は録音はデジタル・システムで44.1kHz/16bit CDレゾルーションでされており、それでも美しいサウンドに仕上がっています。ティアーズ・フォー・フィアーズの『シーズ・オブ・ラブ』も超初期デジタルマシーンで16bitで録音されていますが、『O&L』のような甲高さはありません。でも、確かに初期の録音技術、特に16bit、44.1kHz、48kHzのような低解像は良いサウンドを作る上で助けにはなっていなかったね。

 

毎回5.1サラウンドミックスパッケージに含まれるステレオ・リミックスは、サラウンドを作る過程で発生した副産物と言える。決して意図して作ったものではないんです。当初、サラウンドミックスのプロセスを始めた時、最初のタスクはステレオ・ミックスを作り直すことでした。限りなくオリジナルに近く、限りなくオリジナルに忠実に。そうすることで、5.1の作業で曲を解体する時には既に正しいバランス、EQ、リバーブ、プロセッシングが全てが用意されているんです。だからステレオ・ミックスを再成することに全集中を傾けました。後でアーチストと一緒にオリジナル・ミックスと比較してステレオ・ミックスを作り直すプロセスにメリットを感じた。それで毎回サラウンド・ミックスにボーナスとしてステレオ・リミックスを入れ始めたんです。ファンも非常に気に入ってくれて、それでインストも入れることにしました。アレンジの複雑さを聴くことが出来ます。インストを作るのは凄く簡単。ボーカル無しにするだけ。

 

自分で言うのもなんですが、ステレオ・リミックスはオリジナルから漸進的に改善出来た時もありますし、オリジナルには足元にも及ばない時もあります。ティアーズ・フォー・フィアーズの『シーズ・オブ・ラブ』は上手くいかなかったのでレコード会社に自分のステレオ・リミックスはリリースしないようにと頼みました。XTCのシリーズでは上手くいっています。アンディも僕のリミックスの中にはオリジナルより優れたものがあると言ってくれてます。そう思わない方は何よりもオリジナル・ミックスがパッケージに含まれてますから、そちらを聴いていただけます。ステレオ・リミックスで最も大きく改善出来たアルバムはやはり『O&L』ですね。80年代風デジタルなサウンドをリミックスによって温かい音に改善出来たのは誇りです。

 

最もクリエイティブに出来た5.1はデュークス・オブ・ストラトスフィア。あのようなアルバム(60年代サイケデリックポップグループのオマージュ・パロディ)の場合、自分の周囲を色んな物が飛び交うみたいな悪趣味——あるいは良い趣味と言っていいのか———の領域で出来ることに限界は無いんです。『25オクロック』のステレオ・ミックスではステレオのイメージが丸ごと反転する部分があるんですけど、それをサラウンドにした途端、部屋のフロントにある全てのものが部屋のバックに反転しちゃうんです。そんなギミックは通常のサラウンドではさせてもらえないけど、このアルバムは例外だったんです。

 

デュークスを5.1にするのは心配ではありました。プロジェクトに取りかかる前にプロデューサーのジョン・レッキーに何回か会いに行きましたよ。レッキーに「あれは難しいよ。ライブでミックスに色んな物を投入したから」と言われました。彼は16トラックからミキシングをして、ステレオ・マスターにバウンスダウンした時も家畜の鳴き声などをライブでミックスしていたんですよ。例えば、『モール・フロム・ミニストリー』の牛の鳴き声が同じではない。サウンド・エフェクト・ライブラリーで牛や他の物を探しましたよ。

 

さっきも言いましたが、XTCのファンはXTCの音楽に傾倒しており隅々まで熟知しているから、牛の鳴き声がオリジナル・ミックスと違っていたら気が付くだろうと心配だったんです。アンディは ”牛なんか心配するな” と言ってくれましたが。デュークスのレコーディングはライブだったから、結局完全に同じ牛の鳴き声は見つからず、似ているものがあったのでそれを使いました。デュークスはもの凄い量の音が入っていて、これはもう”ギフト”。素晴らしい。5.1はデュークスのようなサウンドのために作られたようなものです。

 

予定されていた『アップルヴィーナス』(以降『AV』)の5.1化は残念ながらあまりにも多くのトラックが紛失しています。絶対に出来ないとは言わないけれど。レコードは最近の物であればあるほどエレメントを探し出すことが困難。60〜80年代では2インチテープに全てのエレメントを録音してました。90年代ではクリック・トラック、MIDIトラックからライブでやっていて、テープに入れることはしていなかった。シーケンス等からライブでやってるものもあり、そこから多くのものが紛失しています。21世紀になると、『AV』は99年のレコーディングだから使ったのは初代デジタルマシーン。あれは毎日エクサバイトテープにバックアップされていたんです。ご存じか分かりませんがエクサバイトは本当に最悪の形式なんです。DATテープみたいなもの。5年後とかには再生出来なくなる。自分の持ってるエクサバイトテープに録音したデータも今では再生不可能。

 

とにかく現在『AV』に関してはハードディスクのエクサバイトADATテープからのセッションをリストアしようとしています。ボーカル・トラックが無い曲、リードボーカル・トラックが無い曲、オーバーダブのパーカッションが無い曲など、多くが紛失している。これらのエレメントがどこにあるのか誰も知らない始末です。『AV』のサラウンドは最高のサウンドになるはずなのに。苛立っていますよ。

 

以前は各楽器のサウンドを抽出するソフトウェア”ペンティア(?)”を使っていました。マルチトラックが無い場合にオリジナルのステレオをこのプラグインに通して疑似サラウンドの印象を作るんです。本物のサラウンドと同じではないが、少なくとも臨場感は出せる。最近使われているのはIzotopeのMusic Rebalanceで、これは素晴らしい。ステレオ・トラックで再生出来てドラム、ベース、ボーカル、その他を分離出来るんです。4つのコンポーネントに分けることが出来る。でもこれは究極の”人工物”です。デジタルな人工物であり、決して理想的なやり方ではないですからね。ステレオ・ミックスがあって、そのドラム・サウンドがちょっとデカすぎるから抑えたい場合には使えますが。このソフトがやることはフォレンジック分析をして楽器を分離するんです。でも考えてみれば、リードボーカルをどうやって、他の楽器から完全に分離させられる?不可能でしょ。素晴らしいソフトですが。『AV』に関してはこのソフトを使ってもサラウンドは上手くいかないですよ。